knock knock

昼間、離れで針仕事をしているとコツコツと戸をたたく音がしたそうだ。
仕事の手を止めて表へ出てみると背広を来た年配の男性が立っている。
「失礼致します、少々道をお尋ねしたいのですが」


聞けば自分の友人の家だ。それならこの道をまっすぐ行って一番端にあるお宅がそうですよと説明する。
ところが男性がいっこうにその場を動く様子がない。
そうですかありがとうございますと礼は言うものの、世間話をしてみたりこれこれについてどんなお考えをお持ちかなどと話がなかなか終わらない。
部屋に中途で放り出している仕事が気になって、エヘンエヘンと咳払いをしてそれとなく早く帰って欲しい雰囲気を作る。
しばらくして男性はそれじゃどうもと言って去って行った。


正装した身なりや物腰からなんとなくピンと来たので翌日友人の家へ行き、
昨日私の家にとんびを着た男の人があんたの家を訊きに来たよ、と興奮気味に話す。
「え?昨日は誰も来てない?じゃあ近いうちに来るはずだよ。
そのときはさなえちゃん・・・覚悟しなよ、きっとお見合いの話だよ!」



そのときの男性が私の曽祖父だそうだ。
祖母は自分が当事者だと思わなかったので、後日来た見合い話は寝耳に水だったらしい。祖母の勘は正しかったが的が外れていた。
「まず自分の目で息子の見合い相手を確かめちゃろうと思ったんやろねえ」
その後するすると話は決まり、つつがなく婚礼に至った。
しかし祖父から
自分は満州事変、シナ事変、大東亜戦争と三度戦争に行っていてきっとどこか体を悪くしているだろうから長生きはできないと思う、と告げられた。
10年くらいで死ぬかもしれないと言われたが「意外と長生き」し、40年ほどを祖母と共に過ごした。